「ひょうげん舎まるち」というブログで、朗読について、「たんたん」がいいか「感情」がいいかという問題が提起されている。これは朗読の根本的な問題である。
わたしはよみの根本は、作品の文章・文体・「語り口」によって決まるという考えである。夏目漱石を例にすれば、「吾輩は猫である」と「坊っちゃん」と「三四郎」と「こころ」とそれぞれの作品の「語り口」はちがう。ならば、声に表現するときにも、作品に応じて「感情」のこめかたは変わるはずである。それぞれの作品にふさわしいよみかたというものはある。
しかし、朗読を音読とさほど変わらないものと考えたら、こんなことは問題にならない。ベテランアナウンサーのKさんならば、ナレーションでも、児童文学でも、おとなの文学でも、何をよんでもまったく同じ調子でよめる訓練ができている。あとはもう、朗読の理想をどう考えるかのちがいである。「たんたんと読む」ことを朗読とするか、作品の表現を朗読とするかによって、そこから先の修行の仕方が変わってくる。
2005年06月16日
2005年03月17日
「銀河鉄道の夜」のよみが聞けます
よく朗読される宮沢賢治の代表作「銀河鉄道の夜」を「ケロログ」の「Blog表現よみ作品集」(ジャンルは「芸術」)に冒頭の3章をアップした。「1午后の授業」「2活版所」「3家」である。ご意見・感想はメールでください。
2005年03月07日
コトバ表現研究所のブログ
テストケースとしてコトバ表現研究所のブログを作成した。 コトバの表現――読み・書き、話し・
聞き――についてのさまざまな情報を提供するつもりだ。朗読の発展技術である表現よみの作品も提供したい。 本館は「ことば・言葉・コトバ」である。
問い合わせはメールでどうぞ。


